- 2020/07/15
- Category : 自作品(未発表)
夜 眠る前 に 読む 物語 ③
世界が君に恋してる
16のときに付き合ってた男にこう言われたことがある。
「君って、恋が趣味みたいな女だな」
2人して思い出の海に来てた。漣がエメラルド色に光って、遠い記憶をせつなく波立たせていた。
あなたは確かサーファーだったよね。わたしはあのころ、何だったんだろう。
「いけないことなの?」
わたしは聞き返したわ。嫌味には嫌味でね。あなた、こんなふうに口答えする女が大嫌いだったよね。
「俺っていったい君の何だったんだって思うよ。別れて1か月もたたないうちに、ほかの男と手をつないで歩いてるのを見たんだから。あのときはずいぶん傷ついたよ。知らなかったろ?」
「ごめんなさい」
わたしは髪をかきあげてあやまる。
知ってたわ。小さな抵抗だったの。ざまあみろって感じだった。あなたはわたしに復讐心を教えてくれた。
「女って別れたら、すぐ次の人なんだよな。前の男のことなんてすぐ忘れちまう。その点、男って純情だよな、なくした恋を未練タラタラいつまでも引き摺るのはいつだって男だ」
「そうね・・・引き摺るっていえば、朝、早起きして、地引き網を一緒に引いたことあったよね」
「ジビキアミ?」
「うん、いろんな魚が朝日を浴びてピチピチ銀色に光って、すごくキレイだった。そしたら、漁師のオジサンがその場でイワシを生で食べたのよね。獲ってすぐ後のイワシはこんなに美味いんだって」
「そんなこと、あったっけ?」
「うん。でも、わたしたちは結局、食べなかった。それがどんなに美味しいって言われても、クロマグロの中トロのほうが絶対に美味しいだろうって思ったから。わたしたち、あのころ、いつも一番のものを欲しがってた」
「ああ・・・その通りだ」
「わたしはあなたの一番になりたくて、あなたもわたしの一番になりたかった、でも、わたしはすでに処女じゃなかった」
「・・・そんなこと、気にしてたのか?」
「ううん、言葉のハズミで言っただけ」
「・・・あいかわらずだな」
「うん、人間はカレンダーを捲るようには変わらないわ」
「なぁ、もう一度、やり直さないか?」
わたしは首を振る。はっきり拒否。
「いま、付き合ってる男はいないって聞いたぜ、吉永から」
じゃ、付き合ってる男がいたら、あなた、そう言わないの?
あなたって、隙間家具みたいな男ね。なんであのとき、こういう男だって気づかなかったんだろう。わかってる。あのころから、わたし、成長したのよ。
「残念、いるの」
「ゲエッ、ホントかよ」
レンはバツが悪い顔になる。
「お前って、ホント、間が空かない女だな」形勢挽回の憎まれ口を一つ。
じゃぁ、わたしも憎まれ口を一つ。
「隙間家具が部屋の模様替えに文句を言っちゃいけないわ」
「・・・意味がよくわかんないんだけど」
「ごめん。最近、頭がイカレてるのよ」
「恋多き女っていうんだよな、お前みたいなのを」
ホントは好きものの尻軽って言いたいんでしょ? そう、好きになったら、わたしはいっさいがっさい欲しくなる。あなたとも会ったころ、朝から晩までしてたよね。でも、好きになったらよ。そこがあなたとの違い。
あなたはわたしを好きじゃなく、あなたを好きなわたしが好きだった。だから、2人で歩いた朝のあんな美しい景色を何も憶えてないんだわ。
「男なしじゃ、いっときもいられないんだ。はっきり言って、お前って病気だよ。男を中心に世界が回ってるんだ」
「男を中心にって言うより、『好き』を中心にね。訂正その1」
「同じようなもんだろ」
「同じようなもんだけど、決定的に違うのよ」
「・・・よくわかんないな、どこが?」
「男が地球なら、『好き』は太陽ってところ。太陽が消えたら、地球は生命も存在しない暗黒地帯になりさがる。でも、近ごろわたし、地球の男に飽きたところよ」
「ああ・・・そのほうが地球の男に平和が訪れる」
レンは笑った。
地球の男にじゃなく、あなた個人にでしょ? 女より、プライドを大事にする男たち。太陽が燃え尽きる日って本当に来るのだろうか?
「じゃ、聞くけど、何でそんなすぐに次の男を好きになれるんだ?」
「バカね」
わたしは笑う。「そんなこともわからないの?」
カモメが沖に浮かぶブイに止まろうとして、何度も失敗している。波が烈しく打ち騒いでるからだ。この男はもう一度、わたしとやりたいくらいとしか考えてない。わたしの最初の男。
「世界がキレイに見えるからよ。恋をすると、世界も裸になる。よそよそしかった風景が1枚1枚、服を脱いでいく。それが裸になったわたしとつながるの。生まれてきて良かったなぁって思えるの」
「・・・恋をすると、感じやすくなるってことか?」
「違うわ、感じざるをえないのよ。世界とつながってるって感じるの。そんなときは道端の石ころを見ても、薄汚れた男のパンツを見ても、愛おしくなって泣いちゃうの。そして裸になってる自分がいる。それを汚したり悲しませるものは何もない」
レンが肩に手を回してきた。
わたしはそのままにさせておく。
(了)