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夜 眠る前 に 読む 物語 ②


      管理人



 彼の墓に手を合わせて(・・・応援してね)と頼んでいたら、通りがかりの男に「死んだ人に願い事をしちゃダメだ」と言われた。
 わたしが願い事をしてるって、何でわかったのだろう? 心の中で唱えていたのに。
 男は若かった。わたしと同い齢ぐらいか。鼠色の作業服が泥まみれになってるのに、不思議に清潔な印象があった。
 墓地の管理を任されている人だろうか?
 額の汗を暑そうにぬぐった。真夏の昼下がりだった。でも、わたしは汗一つかいてない。暑さを感じないのだ。
 「ほら・・・あたふたしてる」
 男はだから言わんこっちゃないとばかり、墓を見て、ため息をついた。「顔がイソギンチャクの口から出た」
 「勇人が見えるの?」
 「ゆうと・・・それが彼の名か?」
 「ええ」
 「ああ、見えるさ。どうすりゃいいんだと途方に暮れている彼の顔がね」
 「しゃべってるの?」
 「いいや、口はきかない。彼の表情から推量してるだけだ」
 「何か特徴を言って。・・・信じられないわ」
 「・・・歌手の森進一に似ている」
 「モリシンイチ?」
 本人ではなく、モノマネをしているお笑いタレントの顔が浮かんだ。まぁ、似てなくもないか。
 「なぁ、悪いことは言わない。もう一度、墓に手を合わせて、こう言うんだ。『見守っててください』って」
 「どうして?」
 「死んだ人は静かに休ませてあげるんだ。願い事や頼み事をするのはよくない。お墓は安らかに眠る場所なんだから。それに、死んだ人は後に残した人に何かしてやれないかといつも思っている。だから尚更だ」
 「あなたは何をしてる人なの?」
 「このお寺の跡取りだよ」
 「お経をあげてくれたお坊さんの息子ってこと?」
 「そう。墓地の管理は僕の仕事なんだ」
 「法事のとき、いた?」
 「いたよ。君は取り乱していて、僕を見るどころじゃなかった」
 「今日、裁判所で判決がおりるの」
 「そう・・・」
 「勇人を殺したやつらの」
 「・・・そうか」
 「知ってるの?」
 「ああ、葬式のとき、マスコミが大勢来てたから」
 「ねえ、まだ勇人、そのあたりにいるの?」
 わたしは『イソギンチャクの口』がどこかはわからなかったが、墓石の上あたりを見た。
 「ああ、いまは墓石に座っている」
 「わたしが彼を見ることはできないのかな?」
 「ひどいことを言うようだけど、彼の死を認めない限り、見えない」
 「じゃ、一生、見られないね」
 「残念だけど、そうなるね」
 「『イソギンチャク』って死の国の出入口?」
 「そう、この世とあの世の境界だ」
 「何で、イソギンチャクなの?」
 「僕が勝手にそう名付けてるだけだよ・・・形状がなんか似てるんだ」
 「勇人と話はできない?」
 「できない」
 「どんな顔をしてる?」
 「困った顔をしてる」
 「わたしが動いたら、彼、随いてくるの?」
 「ああ、随いてくる」
 「じゃ、行くわ」
 「復讐に行くのか?」
 「・・・わからない。自分が何をしたいのか、自分が何をしでかそうとしてるのか、自分でもよくわからないの。けれど、絶対にあいつらを許せない」
 「悪いけど、行かせられないよ」
 「何で? あなたにわたしたちを引き止める権限はないわ」
 「あるよ。僕には墓を管理する責任がある」
 「じゃ、夜までには戻ってくるから、それまでこの墓に誰も入らないように見張ってて」
 「墓の管理には死者の管理も含まれてるんだ」
 「越権行為だわ」
 「なぁ、つらい現実を突きつけるようだけど、死を認めろよ」
 「いやよ、認めない」
 「僕は君も墓地から出すことはできないんだ」



                      (了)




   短編にも満たない短いものを集めた本を出したいと考えていた。
   タイトルは仮題だが、『夜 眠る前に読む物語』
   夜、寝る前に一篇ずつ読んでください。
   そして、素敵な夢にいざなわれてください、という趣向だ(笑)
   書き溜めたものが10近くある。いずれも20年以上前に書いたもの。
   





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