比留間久夫 HP

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童話でも書いてみようかなと言ったら、

自分のこどもに読んで聞かせたいような話を書くのがヒットの秘訣ですよとある童話作家にアドバイスされた。


      
 

 ハメハメ大王は苦悩していた。
 息子ペーニャ皇子が反旗を翻したからだ。
 これはハメハメ帝国の存亡に関わる一大事じゃ。
 なに、原因はわかっておる。シテシテ王国のヴァギラ姫じゃ。あのオテンバがうちの息子を骨抜きにしたのだ。ゲににっくき小娘め。
 ほれ、いまもせがれはフェミナの森とやらで昼寝を決めこんでおる。わしが授けた大切な剣を捨て、悪い夢にうつつを抜かしておる。
 ええい、目を覚ませ! 立て、勃たんか! いますぐ剣を取り、この世の花という花を斬りに行くのじゃ!
 「・・・うっせえな」
 ペーニャ皇子は天に轟くハメハメハ大王の声で目を覚ました。
 天から大量のスペルマ光線がネバネバ降りてくる。
 「父上!」
 ペーニャ皇子は叫んだ。「もうわたしは父上の命には従いませぬ。剣を持ちませぬ。これは災いの元凶です。わたしはもう決心したのです」
 「ええい、なにを世迷言を申しておるのじゃ。あと307じゃ。はよう307の花を叩っ斬って、国へ戻ってくるのじゃ」
 「わたしはもうハメハメ帝国には戻りませぬ。1000花斬りなぞ、もううんざりです。わたしは罪深さに気づいたのです。わたしは新国家をこの地に創ります」
 「この腰抜け! お前が腰を抜かされてどうする?・・・ヴァギラ姫じゃな。ヴァギラ姫にまた何か虚妄を吹きこまれたのじゃな?」
 「ヴァギラ姫は関係ありませぬ。これはわたしが決めたことです」

      

 ハメハメ大王は城中に響き渡る声で忠臣を呼んだ。
 コック右大臣とマラポール左大臣と種馬防衛大臣が即座に亀亀王座に駆けつけた。
 「シテシテ王国へ行き、ヴァギラ姫をかどわかしてこい! 人質に取って息子ペーニャを呼び戻すのじゃ!」
 「大王、お言葉ですが・・・」
 コック右大臣がおずおずと異議を申し立てた。「それはご無理な相談です。シテシテ王国の宮に入るには、まず秘密の薔薇園にいる100の近衛薔薇兵を昇天させねばなりません」
 「そちはその自信がないと申しておるのか? そちの剣では歯が立たぬと申しておるのか?」
 「ははぁー、面目ありません。わたしももう、よわい60を数えます」
 「この老いぼれの役立たずめ。マラポール左大臣はどうじゃ?」
 「ははぁー、わたくしめも無理でございます。剣を抜こうにも刃がすっかり錆びついておりまして」
 「種馬防衛大臣は?」
 「ははぁー、もはやわたしの巨砲(おおづつ)も張子の虎でして。恥ずかしい限りです」
 気づくと、ハメハメ帝国には老臣しかいなかった。ハメハメ帝国の栄華もいまや過去のものとなりつつある。世はまさに風雲急を告げていた。多種多様な小国家が勃興していたのだ。
 「ええい、なまくらどもめ。わしが行く! すぐ支度をせい!」
 「は・・・?」
 忠臣たちは耳を疑った。「大王、無理でございます。それこそ、返り討ちです」
 「なにを申すか。わしの息子ペーニャの未来とハメハメ帝国の命運がかかっておるのじゃぞ。さ、はよう戦(いくさ)の準備をするのじゃ」
 忠臣たちによって即座に戦陣の支度が整えられた。
 蝮オイル、ヨクキレル皇帝液、なにやら怪しげな軟膏、エックスタシー、ハイキレーター、輪ゴム・・・
 「その油剤は何じゃ?」
 「はっ、バイアブラでございます。これを塗ると、刀の芯がばくばく破裂せんばかりの魔力が可能だとか。1剤、200ペニボールもしました」
 「よし、では行ってくるぞ」
 「ははぁー、行ってらっしゃいまし」

       

 ちょうど同じそのとき、シテシテ王国でも一悶着もちあがっていた。
 シテシテ薔薇玉座で、シテシテ女王とヴァギラ姫が言い争っていた。
 「なら、そなたはこの薔薇の王国を出て行くと申すのか?」
 「はい、母上。わたくしはもう剣を研ぐ毎日にはうんざりです。わたくしは自分の未来を自分の手に取り戻したいのです」
 「いいか、姫。外には恐ろしい火噴き獣ドラゴンがうじゃうじゃおるのだぞ。剣はその怪物から我ら可憐な花族を守ってくれとる。そのありがたい剣をせっせと研ぐのじゃ。薔薇の芳香精油でこうやってゴシゴシとな」
 「母上、目をお覚ましください。それは巧妙に仕組まれた謀(はかりごと)なのです。嘘です。まぼろしです。剣がわたくしたちを薔薇の園に閉じこめるために創った架空の獣なのです」
 「なにをたわけたことを。また、おかしな夢を見たのじゃな。つれないペーニャ皇子に欲求不満なのじゃな」
 そのとき、侵入者を告げる赤鐘が妖しく鳴り渡った。王宮がにわかに騒がしくなった。
 「シテシテ女王様、討ち入りでございます! ハメハメ帝国の軍勢が攻めこんで参りました!」
 「な、なんとな・・・奇襲か。ワイルドなことをするのう。すぐ支度を整えい! 丁重なおもてなしをするのじゃ」
 シテシテ女王はプッシー局に近衛薔薇兵の緊急配備を命じた。
 喜色満面でヴァギラ姫を見た。
 「そら、うわさをすればなんとやらじゃ。ペーニャ皇子がそなたの愛(う)い花を摘みにいらしたぞ。若いから我慢がきかぬのじゃ。すぐに剣を研ぐ支度をするのじゃ!」
 「ま、まさか・・・」
 ヴァギラ姫はショックで花弁を閉じた。「ペーニャ皇子がそんな自分勝手な振る舞いをなさるわけがありません。乱暴狼藉を働くわけがありません」
 「ほほほ、何を申す? 現に来たと報告があったではないか?」
 「そ、それが・・・」
 プッシー局が言っていいものか迷うように濡れた花弁を震わせた。
 「なんじゃ?」
 「ペーニャ皇子ではないのです」
 「皇子ではない? なら、どなたじゃ?」
 「そ、それが・・・ハメハメ大王なのです」
 「な、なんとな! 大王だと! 馬鹿を申すな。大王はもう齢(よわい)77のご老体じゃぞ」
 「し、しかし・・・現に見たこともない武器を手にバッサバッサと・・・」
 秘密の薔薇園の方角から「あーれ~」「ひええ~」と花が摘まれる悲鳴がこだましてくる。
 「しかし、では、大王がいったい薔薇御殿に何の用なのじゃ?」
 そうつぶやくが早いか遅いか、シテシテ女王はポッと頬を紅らめた。
 「ま、まさか、わ、わしか?・・・あはは、馬鹿を申すな。わしはもう60の姥桜、いやさ、姥薔薇なのじゃぞ。剣を研ごうにも薔薇の盛りはとうに過ぎてるわい」
 「し、しかし、それ以外に考えようが・・・」
 プッシー局はおずおずと申し上げた。
 「すぐに支度をせい! 回春の秘薬を集めい! ハメハメ大王を大型回転寝台で待つぞ!」
 「は、母上!」
 ヴァギラ姫は生き生きとした母の声に我が耳を疑った。
 「なんじゃ?」
 「娘の前で、は、はしたない・・・」
 「何を申す? 大王が命を賭けて、わしの爛熟薔薇で剣を研ぎに来たのじゃぞ。それに応えんで、誰が薔薇の王国の女王と言えようか。返り討ちじゃ。狂い咲きじゃ。薔薇はたとえドライフラワーになろうとも薔薇の花なのじゃ。どっこい生きてる薔薇の魂じゃ」

        

 ハメハメ大王は右へ左へバッサバッサと斬りまくった。
 最新兵器を片手に次から次へ。4花目が第一の難関だった。コック右大臣が用意したヨクキレル皇帝液が役に立った。
 11花目の黒薔薇が第二の関門だった。マラポール左大臣が用意した小川のせせらぎアルファ波鎮静効果付き砥石と切れ味鈍磨ゴムパッドが役に立った。若さの衰えは知恵でカバーするのだ。
 ハメハメ大王は春の風に慄くがごとく近衛薔薇兵を手当たりしだいに斬りまくり、花を散らしていった。薔薇の園には命燃え尽きた花の屍(しかばね)が累々と横たわった。さらにそれを踏み躙り、蛮声を張りあげ突き進むハメハメ大王の猛り狂った老剣。もはやそのさまはこの世のものではなかった。
 ハメハメ大王が薔薇玉座に瀕死のていで辿り着いたとき、すでに突撃から7日がたっていた。
 「見事じゃ、大王。よくここまで来なさった」
 シテシテ女王は歓喜随喜のさまでハメハメ大王を迎えた。その老いさらばえた花弁には熱い涙が浮かんでいた。
 「わしの剣もまだまだ捨てたもんじゃないわい。100もの薔薇の蜜を吸って、逆に生き返ったわ」
 ハメハメ大王とシテシテ女王は数十年ぶりの再会を喜んだ。
 「さ、もう支度はできてるぞ。はよう寝台に上がれい。さ、皆の者、下がれ。わしにもまだ恥じらいはあるでな」
 「婆さま、何を申しとるんじゃ? わしは婆さまに会いに来たんじゃないぞ。なにを年甲斐もないことを言っとるんじゃ」
 「なにを申す?・・・では、何しに来たのじゃ?」
 「わしはヴァギラ姫に用があって来たのじゃ」
 「姫に?・・・いったい、いかような用じゃ?」
 「はて・・・」
 ハメハメ大王は用件を忘れてしまっていた。思い出すことができない。剣に脳みそを吸い取られてしまったのだ。
 「ヴァギラ姫を妻に娶りに来たんじゃ」
 ハメハメ大王は剣の魔力に翻弄されるがままに答えた。剣は鎮まることなく新しい花を求めていた。
 「なにを血迷うたことを・・・ご狂乱なされたか」
 「狂っとるのはお前の方じゃ。年甲斐もなく色づきおって」
 「花族と剣族の間にもルールはあるんじゃぞ。忘れおったか?」
 「なにがルールじゃ。花を斬るのにルールなぞないわい」

        

 屋根裏部屋で、母と大王の会話にこっそり聞き耳を立てていたヴァギラ姫は、我が身に迫りくる危険に脱兎のごとく逃げ出した。たがが外れた剣の恐ろしさは百合王国のイヤイヤ女王に聞いて知っている。
 「おや、そんなところに隠れておったか」
 天井がぎしぎし軋む音を聞きつけて、ハメハメ大王は言った。「猿知恵でわしの息子をたぶらかしおって。わしがいまから剣の恐ろしさを思い知らせてやるわい!」
 ハメハメ大王は剣を振り翳し狂気の形相で逃げていくヴァギラ姫の後を追った。ヴァギラ姫は螺旋階段を果てもなくぐるぐると駆け登った。しかし、あっという間に塔のてっぺんに追いつめられた。
 地上300メートルもの高さである。
 「大王、目をお覚ましください! 自分が何をなさってるか、わかっておられるのですか?」
 「わかっとらんわい、そんなの。わかる必要もないわい」
 「大王、時代は変わったのです。わたくしたちはこの地上に新しい王国を築くときを迎えているのです。花族と剣族の悲しく不幸な歴史を終わらせなければなりません。いまのままではお互いに不幸です。孤独です。わたくしは同じ一つ屋根の下に仲良く暮らしたいのです」
 「仲良くだと?・・・なにを寝惚けたことをぬかしておるのじゃ。チャンチャラおかしくて、ヘソが茶を沸かすわい。よいか、我々を結びつけてるのは憎悪と恐怖じゃ。それが花族と剣族の正しい関係なのじゃ」
 「大王には、花の声が聞こえないのですか?」
 「花の声? そんなの悲鳴でじゅうぶんだわい」
 「悲しい人・・・大王は馬鹿です! 剣の奴隷です」
 「なにをぬかす。わしは馬鹿でも、剣の奴隷でもないわい。剣を支配しているのはこのわしじゃ。それが証拠に、わしはいま再び剣を自由に扱える歓びに震えとる。これは武者震いじゃ」
 「いいえ、奴隷です。剣の見せかけの威力に真実を見る目を曇らせているのです」
 「真実だと? もうたわごとはたくさんじゃ。お前は剣のありがたさをまだ何も知らんのじゃ。わしがひと思いにバッサリ斬ってやるわ」
 「大王、それ以上お近づきにならないで! 来たら、わたくしはここから飛び降ります」
 「姫・・・ハメハメ王国を滅ぼすわけにはいかんのじゃ。ペーニャに代わって、わしが世継ぎをつくってつかわす」
 「お断りします。わたくしはペーニャ皇子と未来の神話になるような家族を創ります。そして、フェミナの丘に真の情愛に満ちあふれた王国を創ります」
 「せがれはもうダメだわい。斬ろうにも剣が折れてしまっとる」
 「大王、よくお聞きください。・・・剣が折れてしまったからこそ、ペーニャ皇子の耳に花の声が聞こえてきたのです。皇子はいま剣をうしない、ものすごく苦しんでいます。でもきっと新しい剣を持って、いや剣に代わる新しい絆を持って、わたくしのもとにやって来るでしょう。わたくしはいつまでも待ち続けます」
 ヴァギラ姫は天をも揺るがすほどの声で、力の限りに叫んだ。迫り寄る摘花の恐怖に足はすくんでいたが、その目は輝くばかりの勇気の光をたたえて、毅然とハメハメ大王を見つめ返していた。
 ハメハメ大王はその光にたじろぎながらも、一歩、また一歩とヴァギラ姫に近寄った。天にも届くほど高く、剣を振り翳しながら。


   

                     おしまい。


  え?
  この続きはどうなるんだって?

     ・・・どうなるんだろうね(笑)



 
         【 解説 】

 これは1999年『文藝』春号(2/1 発行)の「J文学で行こう!」という企画に掲載された短編です。当時、『ペーニャの大冒険』という童話を構想・途中まで書き進めていて、その冒頭部分をタイトルを変えて、短編として発表したのだと思います。
 資料を調べると、続編の依頼に備えて、第2回の途中あたりまで書いてありました。残念ながら依頼は来ませんでした。・・・何でだろうね? ジェンダーの教材として小学校の国語のテキストに使ってもいい内容なのに(笑)
 それはまた機会を見て、その気になったら、アップしたいと思います。
 乞うご期待! ・・・誰も期待してないか(笑)




 

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