比留間久夫 HP

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HP2000(仮題) 序章


     序章(8年前)  
 

 わたしは通りに出ると手を上げタクシーを止めた。タクシーはまるで迎えに来てくれた従者のように高級な黒で、ドアがすうっとわたしに向かって開かれ、わたしは貴婦人のように取り澄まして乗った。麻布まで。わたしはドライバーに言って、バッグから黒いミラーグラスを取り出した。けれど、涙を隠す必要なんてなく、体中の水分が全部奪われてしまったようで、わたしは悲しいヒロインになれなくてちょっと拍子抜けした。窓の外を流れていく景色。赤や青や金色の光が虹のように流れ、滲んで、どこか素敵なところに竜宮城のようなところに自分を連れてってくれるのかなぁ? なんて思い、ふと気づくとわたしは歌を口ずさんでいた。最初それが何の歌だかわからずに考えてると、それはエバちゃんが店で歌っている唄だった。最後の踊りはわたしのためにとっといて、確かそんな唄。わたしは店でエバちゃんがピアノにもたれこの唄を歌いはじめると、いつも決まって客のことも忘れ、耳を傾けたものだった。エバちゃんはまるで悲しみを楽しむように歌っていた。物語のように。けれど、メロディは思い出せるんだけど、言葉が思い出せない。

 麻布のどこですかとドライバーが聞き、見ると車は霞町のーー、その交差点を右に曲がり、3つ目の路地を左に折れ、すこし入ったところ。¥2110 です。わたしは¥3000 出してお釣りはとっといてと言い、ドライバーはありがとうございますと応え、うやうやしく頭を下げて。
 部屋に戻ると、リンダさんがいて、わたしを見るとどうしたの? と聞いた。男の子みたい、幽霊みたい、リンダさんは言って、わたしが鏡を見ると、そこにぼさぼさ髪のスッピンのわたしがいて。でも、わたしは無理して笑い、何か冗談を返そうとして、はじめて喉が潰れてるのも知った。なにインランしてたのよ、とリンダさんは笑い、でももしかしら誰かに襲われたのと心配し、わたしは掠れた声でそうだよ、とても気持ちよかったんだよと言った。すると何故か涙がまた出てきて、わたしはだらしないと思いながら、リンダさんのシリコンの胸で泣いた。晁生と別れてきたことがなんかすべて現実のように思えてきて、でもわたしはそれが現実だということはちゃんとわかっていて、でも悲しみがわたしにこれを夢だと思わせた。


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