- 2020/07/18
- Category : 自作品(断片・部分)
『YES YES YES』
彼女
彼女の性器はボイルされたアスパラガスのように生白く、およそ動物の匂いがしなかった。それは確かに勃起してるのだろうが、男性的な雄々しい感じはきれいに剥げ落ち、まるでホルマリン漬けの小さなヘビのように僕の舌の間を質感もなく浮遊した。それは小さく縮こまるように奇形している。
「玉を取っちゃうとこんなふうになっちゃうのよ」
彼女はそれを僕に舐めさせながら呟いた。別に悲し気な感じでもなく、恥じるような感じでもなく、ただ、事実を語るように。
「でも、不思議よね、それでも一応こんなふうに勃つんだから」
彼女はきっと全然、気持ちよくないんだろう。僕はやる気がなかった。ただ、水上の酸素を求めて浮かび上がる金魚のように、口をパクパク動かしていただけだ。
「あんた、いつごろからあの店にいるの?」
「2週間ぐらい前」
本当は2か月前なんだけど、長くいるなんて言って喜ぶ客はそうはいない。
「仕事、楽しい?」
彼女はタバコに火をつけながら聞いてきた。
僕はすこし考えた。本当は「楽しいはずなんかないよ」とそこはかとなく笑って、翳りを見せるのが得策なんだけど、いまそう言ったら、なんとなく彼女を傷つけるような感じもしたし、そこで僕はごく普通に、
「うん、けっこう楽しいよ」と答えた。
「へえ~、珍しいタイプね、あんた」
彼女は面食らったように驚いて、タバコの煙をはーっと吐いた。
「そのケがあるんだ?」と笑いながら聞いてきた。
「ないよ、そんなの」僕は笑った。
「ふ~ん、それじゃ、何が楽しいの? あんた、こんなふうにオカマのチンポコしゃぶらされて、楽しいの?」
まったく、性格の悪いゲイボーイだ。僕になんて答えろと言うのか? まぁ、性格のいいゲイボーイになんて、遭ったためしもないが。
「どんなことの中にも、それなりの楽しさは見つけられるよ」
僕はいいかげんに答えた。いまはまるっきり不快なのだが。
「そういうこと言うには、まだ10年早いわよ、坊や」
彼女は僕を見下ろしながら、つまんなさそうに笑った。
結局、彼女はいかなかった。いくときは精子じゃなく、透明な液体がピュッと申し訳なさそうに出るだけだと、自嘲気味に教えてくれたのだが。
大きな刈込鋏を手に持った男が僕を追いかけてくる。僕の性器をチョン切ろうと凄い形相で迫ってくる。僕は恐怖にかられて一心不乱に逃げようとするのだが、恐慌をきたした足はもつれてもつれて一向に前へ進まない。絶叫してるつもりなんだが、恐ろしすぎて、声も出ない。中年男の大きな刈込鋏の刃が眼前に広げられたときーー、
何もかもが消えた。
ベッドの下で子犬がキャンキャン吠えていた。
「どうしたの? おかしな声出して」
三面鏡の前で誰かが化粧していた。ゲットーのユダヤ女のような後ろ姿。髪が艶のない金色で短い。痩せているゴツゴツした、けど大柄な身体の線。薄い絹のような光沢のあるブラウスを着ている。
「怖い夢を見たんだ」
僕はいまだ恐怖から覚め切らず、あちこちをきょろきょろ見回しながら言った。
「どんな夢?」
さして興味のなさそうな、いがらっぽい声が、また、耳に届く。
「あれを切られる夢」
はじめて、女はこっちを向いた。白狐のような顔。それは夢の中の中年男ほどではなかったが、それでもギョッとするほど薄気味悪かった。彼女は笑いながら、僕に聞いた。
「それで切られたの?」
「いや、その直前に目が覚めた」
「ふーん」
彼女はまた化粧に戻った。慎重にアイラインを引いている。
「まぁ、そんなもんよね。夢っていつもそう」
僕は思い出した。いや、彼女が今日の朝方、僕を指名したゲイボーイだってことはとっくに思い出していたのだが、なぜ、こんな夢を見たのか? それはセックスしているとき、彼女が「あと半年もしたら、これも切って、完全な女になるわ」とさも邪魔そうに僕の口に押しこんだからだ。そのとき、僕はそれを噛み切られるところを想像して、終わった後「手術は痛くないのかなぁ?」と聞いた。そしたら彼女が「付けている心の重さに比べたら」とか答えたものだから、うまいこと言うなぁと感心したのだ。
「けど、不思議ね・・・」
彼女はアイシャドーを塗り終わり、接着剤で付け睫毛をつけていた。だんだんと顔になってきた。
「何が?」
「この部屋に泊まった子は必ずそんな夢を見るのよ。あれをチャックに挟んだとか、風呂上がりにカップラーメンを食べようとして誤ってやかんの熱湯をあれにこぼしたりとか」
「それは・・・お姐さんがいつもああいう話をするからじゃないの?」
まだ、彼女の名前も聞いてなかった。いや、聞いたのかもしれないが、忘れてしまった。
「そうね、そんなとこかもね」
彼女はうなずき、顎のラインに沿って暗紫色のチークをはたいた。大きな顔がすこし小さくなる。
「でも、確かめた? 本当にあるって」
彼女は口紅の上にグロスを塗りながら、さらっと言った。唇をニッと横に引っ張る形にする。それが鏡に映っている。
僕はぞっとし、あわてて股間に手をやった。眠っているうちに本当に何かされたのかと思ったのだ。けれど、それはちゃんとあって、別に異常はなかった。
「驚かさないでよ」
笑いながら、僕は言った。
「いつもこう言うの」
彼女はしてやったりって顔で笑って、椅子から立ち上がった。化粧は終わったみたいだ。ヘアバンドで束ねていた髪を戻す。そこには今朝、僕を指名したゲイボーイがいた。
「どうする? わたし、もう店に出るけど、あんた、そこで寝てる? 別にいたかったら、いてもいいのよ。食べ物は冷蔵庫の中にいろいろあるし」
彼女はワードロープを開けて、ドレスを選びはじめた。スパンコールやら金銀刺繍やら羽根ものやら、とにかく華美なドレスがずらーっと整列している。
僕は時計を見た。夕方の6時半だった。
「いや、一緒に出る」
僕もベッドから下りた。床に散乱している服を拾った。
「じゃ、そのうち、また店に行くわ」
彼女はルイヴィトンの財布からお金を取り出し、僕のポケットにねじこんだ。「・・・辞めてないわよね? 楽しいって言ってたものね」
僕はその嫌味は聞こえなかったことにして、
「よろしくお願いします」と殊勝に頭を下げた。
【 解説 】
これは『YES YES YES』に収録予定だったけど、最後に外した章です。
8章『グッモーニング マドマゼル!』の後にでも入れようとしてたのかな。
外した理由は、
①全章を14という数にしたかった。これを入れると、15になってしまう。
②整合性の問題。ちょっと書き直さないといけない箇所が出てくる。
③書き上がらなかった。
・・・と記憶しています。
もし、『YES YES YES』の改訂版を出せるのなら、今度は収録したいと思っています。全体ももうすこし品良く書き直したい(無理だってwww) 装丁もおしゃれなものに変えたい。これをどこかの出版社の人、読んでいましたら、よろしくお願い申し上げます<(_ _)>