- 2020/07/15
- Category : 自作品(未発表)
夜 眠る前 に 読む 物語 ⑤
夜景
例えば、夜の首都高を東京へ戻るとき、ふと悲しい気分になる。
カーウィンドーの外を流れてゆく夜景を見ていて。
何事にも終わりがあるって、突然、教えられたみたいに。すべてが流れ去ってゆくだけの世界にいるような気になって。
「眠いの?」
急に静かになったわたしにのぶが聞いてくる。
横須賀へデートに行った帰り。のぶは最近、運転が丁寧になった。すこしは2人の未来を考えてくれてるのかなぁ。
「この道がずっとどこまでも続いていけばいいのにね」
わたしは独り言のように言う。
「・・・気が合うね。僕もいまそう思ってたんだ」
のぶは前方から目を離さずに答えた。
当てが外れた。てっきり、なに気分出してんだよって笑われると思ってたのに。
車内にはのぶが好きな『ブロンディ』がかかっている。人生は甘い砂糖菓子でできたおうち、と歌ってるようでわたしも好き。でも、いまは音楽もあまり耳に入ってこない。
「何で流れてゆく夜景を見てると、悲しくなっちゃうのかなぁ?」
親和な感じに促されて、小さな疑問を口にする。のぶも何か感じてるのかなぁ。
「立ち止まれないからじゃないか? 信号もないし、事故や工事でもない限り、夜の首都高は渋滞もないし」
「あと何十分後にはおうちに着くしね」
「ああ・・・あみの家に着いて、車の中でおやすみってキスをして、また明日って手を振って別れるんだ」
「明日って、今日の続きなのかな?」
「毎日、毎日、違うあみに出逢っては、本当のあみを会えない時間に知っていくんだと思う。今日と明日の境界はそのためにあるような気がする。それを結果的に人生って呼ぶんじゃないかな」
「何事にも始まりがあるように、終わりも来るって思う? 最後には自分1人になって、人生という長い旅が終わるって」
「思わないよ。それは目に映る景色であって、心に映る景色ではないから。僕の心に映っているあみは、誰にも消すことも壊すこともできないよ」
「のぶの心に映っているわたしってどう? いい感じ?」
「太陽かな」
「太陽?」
「うん。窓の外の景色は流れ、移り変わっていくけれど、太陽はいつも空のどこかにある。たとえ、曇りや雨の日でもね。僕はそれを見ようとする」
「じゃ、夜はわたしはいないんだ」
「夜は僕が月になるよ。月になって、あみの眠りを見守っててあげる」
「じゃ、星たちは?」
「2人の友達だよ。友達も人生には必要だろ? もちろん、雨や風たちもね」
「今日、のぶと一緒にいて、すごく楽しくて嬉しくて幸せで、すごくせつなく悲しくなった。そういうの、わかる?」
「わかるよ。同じ気持ちだから」
「時を捕まえておくことって、できないのかなぁ?」
「・・・できないから、その一瞬一瞬を大事にしようとするんだと思う。小さな仕草も、何気ない一言も、ずっと憶えていられるんだと思う」
「いつか、昔のことを懐かしく語り合う日なんて来るのかな」
「そしたら、お互い、違うことを思ってたりしてね」
「あるある、そういうの」
「・・・ないよ、たぶん」
のぶは横目で優しく笑った。
「のぶ、次のインターで高速を下りない? 景色が流れてゆくのが速すぎる」
「・・・気が合うね。僕もいまそう思ってたところ」
のぶはウィンカーを左に出し、減速した。
わたしはカーウィンドーをすこし下ろし、夜の風を車内に入れた。
(了)