- 2020/07/15
- Category : 自作品(未発表)
夜 眠る前 に 読む 物語 ⑥
夜のこども
真夜中に書いた手紙を翌朝に読み直し、ポストに投函するのをためらった経験を持つ人は多いだろう。
夜というのは不思議な時間だ。ゆったりとしたパジャマに着替えるように、心もあれこれと着飾っていた服を脱ぐ。夜に書かれた手紙には、自分のストレートな想いが、それこそ感情に流されるままにありのままに書かれていて、思いもよらず恥ずかしくなる。
僕の場合、それは「甘えてる」ようなニュアンスや、「泣き言」めいた言葉が多い。僕の中には、誰かに甘えたくて泣きつきたくてしようがないこどもがいまもいっぱい棲んでいて、彼らが夜という時間に、堰を切ったようにぞろぞろと這い出してくる光景を想像してしまう。
彼らは昼は、やたらと交通規制の多い道路を走っているようだ。右側を走れ、赤信号では止まれ、スピードを制限速度に落とせ、車間距離を空けろ、追い越しはするな・・・もちろん、それらは人を傷つけたり、自分が怪我したりの事故を未然に防ぐ、有効な手立てではある。
で、手紙は、結局、出したり、出さなかったりだ。「もういーや、出しちゃえ」と勢いで出してしまうときもあれば、迷った末に「やっぱりやめとこう」と破って捨ててしまうときもある。机の引き出しの奥にしまいっぱなしになるときもある。けれど、もし統計をとるなら、書き直す場合が多い。「もうすこし気持ちを抑えて書こう」と朝の大人に仲介を頼むのだ。大人にはこどもにはない知恵がある。思いの丈を激しくぶつけた文章より、一歩引いた表現のほうが気持ちが伝わる場合がよくある。主観的表現の中に客観的視野を入れるということだろう。押しつけがましさが消えて、言葉がすんなりと心に入ってくるのだ。
だけどさぁ・・・と、夜のこどもが封をした手紙の上に急に現われた。君がこの手紙で伝えたかったのは、そういうことなの? どちらかっていうと、朝の大人に切り捨てられた余分な過剰な部分こそを知ってもらいたかったんじゃないの? 君はいま、いつもの習慣でいつもの取り澄ました服を着た。違うかい?
僕らを外に出すのが恥ずかしいからだろ? 受け入れてもらえれば問題ないけど、受け入れてもらえなかったときは立ち直れないほど傷ついたりするもんな。逃げ場をつくっておきたいんだろ? 僕らはひどく無防備なんだから。
だから、僕らは大人に厳重に保護されている。中には虐待されて、どこか暗い闇に葬られてしまった可哀想な仲間もいるみたいだ。
けれど、誰の心にも、夜のこどもはひっそり棲んでいるんだ。甘えたくて泣きつきたくてしようがない夜を経験しない大人なんて、この世にはたぶん一人もいない。だから、心配しないで、僕らを送り出してください。誰も僕らのことを笑えないはずだよ。それに大人はみんな、こどもには弱いんだ。
(了)
1 Comment
このお話し
- 開(芳賀)元子さん
- (2020/07/17 16:03)
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ありがとうございます。
- HIRUMA ULTRA
- (2020/07/17 17:45)